転移性脳腫瘍とは、体の他の部位の癌が血液に乗って頭蓋内(頭蓋骨の中)に転移してくる悪性の腫瘍のことで、正常な脳の神経細胞の働きを障害したり、頭蓋内圧亢進による症状をきたしたりするものです。高齢化やMRI検査の普及により頻度は増加しております。原発巣(最初に癌ができた場所)としては、肺癌が多く、次いで乳癌、胃癌、結腸癌、頭頸部癌、腎癌などがあげられます。
転移性脳腫瘍は以下の2つのタイプの症状が出ることがあります。
腫瘍が脳組織に直接影響を及ぼす、以下のような症状です
・運動麻痺(手足の動かしづらさ)や感覚麻痺(感覚違和感、しびれなど)
・言語障害(言葉が出づらい、呂律が回らない、読み書きができないなど)
・視野障害(物が二重に見える、視野が欠ける、物にぶつかるなど)
・認知機能の低下(物忘れ、計算ができないなど)
・精神症状(怒りっぽい、無気力、イライラするなど)
・てんかん発作(けいれん)など
元々頭蓋骨は脳を守るために存在しますが、腫瘍の増大やそれに伴うむくみ(脳浮腫)により頭蓋内圧が高まることにより起こります。
・頭痛
・吐き気、嘔吐
・意識障害
進行すると脳自体が頭蓋骨の内側から頭蓋骨の外側へ出ようとし(脳ヘルニア)、ここまで進行するとかなり危険な状態となります。
造影剤を使ったMRIは非常に小さな転移性脳腫瘍も発見することができます。治療方針を決める際は、場所に加えて、正確な転移の数と大きさが重要ですので必須の検査といえます。ですが、色々な事情で造影剤を用いたMRIが難しい場合は、造影剤を使わないMRIや造影剤を用いたCTで代用することもありま
す。またPET-CTなどの核医学検査によって転移性脳腫瘍が見つかることもあります。全身の癌の状態を把握するため、全身の造影CTや腫瘍マーカー測定も重要です。
脳には血液脳関門という薬物が通過しにくい構造があるため、体の癌と異なり抗がん剤が到達しにくいという特性があり、手術と放射線治療が中心となります。ただし最近では癌の種類や遺伝子型によっては分子標的薬などの抗がん剤が有効なものも少なからずありますので、担当の先生にご相談ください。
単発もしくは複数であっても単一術野(1回の手術)で全摘出が可能な場合で、3cmを超える転移性脳腫瘍に対して行われます。全摘出できれば頭蓋内の病巣のコントロールが良くなります。全身麻酔が必須ですので、全身麻酔が不可能な場合は行えません。また、離れた複数箇所に腫瘍がある場合は、一度に治療することは困難となります。手術のみであれば入院期間は約2週間程度です。
転移性脳腫瘍
摘出して半年後
開頭にによる腫瘍摘出術の対象とならない場合の治療です。大きく分けて定位放射線治療(ラジオサージェー)と放射線分割照射の2つに分かれます。
定位放射線治療
多方向から放射線を集中させることで、正常組織の線量を抑えつつ、病変部にはより多くの線量を投与することができる治療です。原理は虫眼鏡で日光を1点に集めて黒紙を焦がす原理と一緒です。治療に使われる装置にはX線を使用したライナック、サーバーナイフやγ線を使用したガンマナイフなどがあります。これらは転移性脳腫瘍のコントロールに優れており、全身に対する負担も少ないため、第一に考慮される治療であるといえます。ですが、大きさが直径3cm以内であり、かつ転移数が3個程度までといった制限があります。通常2~3日の入院で行えるのも大きなメリットです。放射線治療抵抗性の腫瘍(悪性黒色腫、腎癌、肉腫など)に対して有効な治療です。
転移性脳腫瘍
定位放射線で治療して半年後
放射線分割照射(全脳もしくは局所照射)
多数の転移性脳腫瘍がある場合に行われます。全脳照射は脳全体に放射線を1日に少量ずつ照射する方法です。腫瘍細胞は神経細胞の中に滲みわたっている可能性があるため、定位放射線治療や手術摘出後の残存腫瘍や再発腫瘍にも行われます。一般的に総線量で30グレイ(Gy)という量を照射しますが、期間が約2〜3週間かかります。治療用マスクを作成することで簡便にセッティングが可能で、通院が可能であるならば通院での治療も可能です。副作用として、急性に発生する嘔気、嘔吐、脱毛、皮膚炎のほか、長期的には正常脳にも放射線が照射されるため、脳の老化(認知症)が早まる可能性があります。
転移性脳腫瘍
分割放射線照射半年後
全身状態が悪く、これらの治療の負担が大きいと判断される場合は、頭蓋内圧を下げるために高浸透圧利尿剤やステロイド剤などが投与されます。けいれんの予防のため抗けいれん薬を投与する場合もあります。
これらは頭蓋内の腫瘍の治療が目的であり、原発巣の治療(化学療法等)は別に検討が必要です。
治療成績
一般的に転移性脳腫瘍患者さんの予後は良いとは言えず、全脳照射単独の生存期間の中央値は4-7ヶ月程度ですが、これは全身の癌の状態や年齢等に大きく左右されるためです。転移性脳腫瘍自体は治療によって十分コントロールできる場合が多いので、転移性脳腫瘍が見つかったからといって治療をあきらめる必要はありません。原発巣のコントロールが良ければ、多発転移性脳腫瘍の治療後10年以上も再発なく元気に生活されている方もおられます。ですが、状態の悪い患者さんへの治療は、体への負担が大きいため積極的治療はお勧めせず、緩和的治療をお勧めする場合もあります。
杏林大学病院で実施している先進的な治療
開頭による腫瘍摘出ではナビゲーションシステム、電気生理学的モニターなどを用いて、安全にかつ最大限の摘出を目指しています。放射線治療では放射線治療部と連携して、直線加速器(リニアック)を使用した定位放射線治療(ピンポイント照射)や強度変調放射線治療(IMRT)を実施しています。
転移性脳腫瘍の治療には、頭蓋内の治療だけでなく、原発巣の治療も必要であることから、脳神経外科のみならず各診療科との密接な連携が必要となります。当院では放射線治療科の協力の下、手術摘出、定位放射線治療、放射線分割照射全ての治療に対応しており、原発巣の治療に関しても、診療各科と密な連携を構築しています。また、癌治療に欠かせない痛みのコントロールに対する専門チームや、がん看護専門看護師、医療ソーシャルワーカーによるがん相談支援室の整備なども行っており、院内全体が一つのチームとなって治療にあたっています。
日本脳腫瘍学会では脳腫瘍治療ガイドラインとして以下のURLに転移性脳腫瘍の治療ガイドラインを掲載しています。ご参照ください。
https://www.jsn-o.com/guideline2024/metabraintumor2024.html